SPECIAL INTERVIEW|岩柳麻子氏 / シェフパティシエール・PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI

SAJIEのお菓子は、PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI(パティスリィ アサコ イワヤナギ)のシェフパティシエール・岩柳麻子氏の監修によるもの。クリエイティブユニット・KIGI(キギ)が描く絵を起点に、情景、モチーフ、色彩から素材の特徴を活かし味の可能性を広げるという、新しい挑戦です。二者によるクリエイションの往還、そして絵と詩と菓子の織りなす創造の世界のエピソードをご紹介します。
SAJIEのお菓子作りについて、パティシエールの岩柳麻子氏にお話を伺いました。
SAJIEのお菓子は絵からインスピレーションを受けて作るという、少し変わったものづくりかと思います。最初に絵を見た印象や、そこから形にしていくまでについて教えてください。
私にとってSAJIEは絵だけじゃなく、映像作品「欲望の茶色い塊」*のイメージ、18年前のフラッシュバックがありました。私の中では、過去のことは白黒のイメージです。その白黒なイメージの世界に、SAJIEの絵の色の要素が入ってきて、色の要素が入ると舌に味が浮かびやすくなる。例えば湖のような具体的なモチーフで味が浮かぶというよりも、色がもつ味のイメージが浮かぶ。実はそういうイメージは、私もみんなもあんまり違わない。たぶん赤いものを見たら、共通認識で味が想像できる。私はそれを多くの人と繋がることができる要素の一つだと思っているので、こうやって具体化するのは、本当に面白い作業でしたね。大変とか難しいとかっていうより、楽しくやらせていただきました。
註* 「欲望の茶色い塊」はKIGIの植原亮輔と渡邉良重(当時はD-BROS)による映像作品。2017年に21_21 DESIGN SIGHTで開催された企画展「チョコレート」のために創作、発表された。作品内で登場するチェスや食器は全てチョコレート製で、その制作を手掛けたのが岩柳麻子氏だった。
ひとつ例を挙げると、チューリップの絵からインスピレーションを得たコンフィチュールは“さくらミルク&ローズレモングラス“です。このフレーバーはどうやって生まれたのでしょう?
さらに桜や薔薇のような、チューリップとは異なる花をあえて合わせられたのは、何か意図的なものがあるのでしょうか。
それは匂いからかな?味と匂いは一緒という感じ。風景の中の匂い、色から発する匂い…香りと味はアプローチが違うけど、それぞれ結びついていく。鼻と舌なんて距離も近くて、ほぼ一緒なので。
私はチューリップを食べたことがないですけど、独特な手触りがあるじゃないですか。花びらがちょっとキュッとしている質感が、薔薇や桜に通ずるものがあると思っていて。自分にとっての花の質感、植物学的な分類とかではなくて、感覚的な質感が同じ感じです。
他にも、実験じゃないですけど、絵を見ながらコンフィチュールを口に含むと「あの絵と合ってるな」ってなっていく。もうちょっとオレンジ系じゃなくてレモン系かなとか、マンゴーじゃなくてオレンジ系だなとか、柑橘系の中にも幅があるので、そういう調整をしていく感じですね。細かいところはもはや印象でしかないし、人によって見える色の感じ方も違う。特にうちのスタッフの男子には緑が弱く見えるとか青が見えないとかいろんな色覚があって、それは良い悪いとかじゃなくてそうなんだっていうのもあります。

SAJIEでは、視覚と味覚の領域が拡張して重なり合っているのが特徴であり、面白さですね。
この時代を同じように生きていった人たちだったら分かりあえる、みたいなこともあるんじゃないかと思ってます。分かってもらえるかな?たぶんアジアの人は大丈夫と思うけど、仮にヨーロッパにこれを持って行って、同じ味をイメージできるかどうかはわからないですね。チューリップを主食で食べているような人たちがもし居たとしたら「いやいや、これは違う味だ」みたいになるかもしれない。それはまたそれで面白いですね。たぶんモチーフによって受けるイメージや感覚も違うだろうから、食べた人がそれぞれ絵を見てどういう味になるかは、同じキウイでもちょっと違って捉えられたりするんじゃないかな、そこがいいな。
絵があって、一体なに味だろう?ってモヤモヤしたなかで食べた時は、何の味か分からなくて。視覚化や言語化された情報があって、イメージして食べることの研究、みたいな新しい取り組みですね。それに詩を読んだら、また味の感じ方が変わるんじゃないかな。初恋って言葉が来たらもうキュンとなっちゃう、絶対すっぱいはず、って思ったりするみたいにね。ほろ苦いとかすっぱいとか、人によって違う経験と味がある。
今回発売するのはコンフィチュールとチョコレートですが、チョコレートのレシピも麻子さんの監修です。チョコレートのフレーバーについても教えてください。
それもやっぱり100%絵からのイメージですね。なぜならチョコレートという茶色い世界の中に包まれているから、もうあの絵がないと、なに味か全くわからないじゃないですか。絵を食べることはできないって思っていたんですけど、絵とリンクしたチョコレートの中身を作って、食べることができるようにしました。そして本来何かを食べるための道具のスプーンが、食べられる対象そのものになるというのがシュールで。そのワクワク感がやっぱり、ちょっと違う方向性からの仕事っていう、18年前に「欲望の茶色い塊」でチョコレートを作った感じと一緒だなって。
こういうものを作りたいから作ってください、のような依頼が多いなかで、ゼロイチで味を考えるっていうのはなかなかないですね。だいたいその逆なので、SAJIEのこれが初めてかもしれない。試されている感じです、自分で自分がどのくらいできるのかの挑戦。仕事ではあるんですけど、自分がどこまで詰めて追求できるか?みたいな。限られた時間の中でも、変わってどんどん良くなっていくじゃないですか。時間をかけた方が絶対いいものができるお仕事だなと思っています。

SAJIEはコンフィチュールもチョコレートも一つ一つ手作りされていると伺いました。コンフィチュールはどんな工程で作られているのでしょう。
コンフィチュールは銅鍋で作るのが一番美味しいなと思っていて。時間もかかるし火傷もしますが、銅鍋でやると熱伝導率がすごく良くて、果物もなんだか美味しい。科学的根拠に基づいているとか、銅鍋で作ったコンフィチュールとそうじゃないコンフィチュールでどっちが美味しいとかじゃなく、あの絵を見ながら、銅鍋で作っていて欲しいと感じました。もっとモダンな、スーッとした雰囲気の世界観だったらまたきっと違うでしょうけど、SAJIEの絵の感覚的で情緒ある感じは銅鍋だろう、というイメージ。そんなことも思い浮かべながら食べていただきたいですね。
コンフチュールの二層の見た目も独創的ですね。
あの繊細なたくさんの色が入った絵を、そのまま表現するのはさすがにちょっと不可能じゃないですか。ただコンフィチュールは、果物が持つ色とか、皮の持つ色とか、そういう色が味になった時のイメージとかをとり入れやすい。ガラス瓶入りだから透過することで角度によって色が違って見えたり、そして水分に香りも入れられる。
二層にするのはとても手間がかかります。あれはそれぞれ糖度が違って粘度もあるので、層が混ざり合わないんです。あの二層の境界線のうねうねした感じがまた良いですよね、口では言えない色合いで。もしそれをきれいな線にしてくれって言われたら、たぶんジャムである必要がなくてムースとかゼラチンとかで固めるべきだけど、そうじゃない。SAJIEはそういう曖昧さを良しとしてくださるから、そのままにしています。
コンフィチュールは長期保存される保存食で、果実のみずみずしさを閉じ込めて食べられるっていうのも素晴らしいですよね。本当はフレッシュフルーツを旬の季節に食べていただきたいという気持ちがあるけれども、その時にしか採れないないものを詰め込んで保存するその知恵が素晴らしいなと思います。

一般的なコンフィチュールの食べかたとしては、パンやスコーンやヨーグルトに添える、紅茶や炭酸水に加えて飲む、などがあるかと思います。麻子さんの好きな食べかたや相性の良い食材のおすすめはありますか。
私はチーズに乗せて食べるのが好きですね。食べる時間によってお酒もあわせたり、朝食べるなら フロマージュブランみたいなのがいいと思うし、昼とかだったら軽くカッテージチーズとかフェタチーズみたいなのもいいと思う。
あとは野菜に絡めてもいい。キュウリとかトマトみたいな日常の野菜に、塩とオリーブオイルと果物のコンフィチュールを入れる。塩とオリーブオイルと酸っぱいもの、レモンとかバルサミコとかお酢とかにプラスして果物を入れると、甘じょっぱくて後を引くんですよ。果物がすぐ手元になくてもコンフィチュールがあればできますね。酸をある程度効かせておけば甘ったるいと思わないし、甘くするっていうより酸をまろやかにする。本当におすすめです。
でももっとシンプルに、それこそ色の美しさを味わうみたいにしてそのまま食べてもいいし、あとはお酒とペアリングしてみる、お酒と飲んでみるのもいいかな。あんまりこう、いろいろ混ぜるのよりもそのものが私は好きですから。
【プロフィール】
ASAKO IWAYANAGI
シェフパティシエール岩柳麻子が、2015年12月世田谷区等々力にオープンしたPÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI(パティスリィ アサコ イワヤナギ) 「notre inspiration, c’est vous. インスピレーションの始まりは、あなた。」をショップコンセプトに、お菓子づくりを通じて出会えた人や物からインスピレーションを受けながら、自身にしかつくれないお菓子を追求しています。
https://www.instagram.com/patisserie.asakoiwayanagi/
